創造力と思いやりその3(悪魔の手術ロボトミーその功罪1)

いつも兄弟で来てくれる仲睦まじいお客さん。もの静かで大人しい兄を世話するかの様にハキハキと振る舞う弟くんの名コンビ!

注文はいつもひそひそ話で相談して、弟くんが私のそばまでよって、丁寧な言葉遣いで伝えてくれます。追加の注文や、こちらからの話しかけに応ずるときもひそひそと話しては弟くんが対応するといった流れです。

一見すると頼りないお兄ちゃんと映るかもしれませんが、最後の支払いは必ずお兄ちゃんが、お母さんから預かった財布から釣り銭の無い様にきっちりと払って、ゆっくりとふかぶかとお辞儀をして帰って行きます。このときは弟くんが兄の背を追いかける様についていく感じになります。私はこのおにいちゃんのお辞儀がとっても好きです。

「二人ともお互いのこと大好きなんだろうな、、、」って、いつもこの瞬間にそう思います。

このお兄ちゃんの事をお母さんが自ら

「ちょっと自閉症気味で、、、」

とおっしゃったときにすかさず

「そんなの個性ということでいいんじゃないですか?」

と反論しましたが、

「周りからもそう思ってもらって対処してもらう方が楽というのもありますし、、、」

・・・最近なんとなくですがそれもありだなって思う様になりました。

ひょっとしたらお母さんはこのお兄ちゃんと弟くんに、へんに周りが手をくだして変わってほしくないという気持が強いのかもしれないと。

すくなくとも私にはふたりともお互いのことを先回りして気遣い合う、とっても感受性の豊かな普通の子の様に思えます。

気がつくと「自閉症」「統合失調症」「適応障害」なんてことばを身近に聞く様になりましたが、これらはいったい誰とか何に対しての位置づけなのか、ふと疑問に思うことがあります。

子供たちはみな「ありがとう」「ごちそうさま」をさまざまなかたちで個性豊かに返してくれます。

感受性や想像力にあふれています。
判で押した様な返答だったらやだなーって思いますよ。

今の世の中、こころの状態を語るとき、この誰だか、なんだかよくわからないものの都合や基準、これらを常識とふりかざし、「窮鼠猫を噛む」のような状況にまで追い込んでいることがおおいにあるんじゃないかと感じています。

「これは大変だ!手が付けられない!いや、早急に手を打ちましょう!」などとあまりに安易に精神を対処料法的に扱ってるように思えてなりません。

こういった行為はいつから始まったのでしょうか?

1949年精神疾患の治療法として最先端、画期的だとノーベル医学賞を受賞した治療法が「ロボトミー」です。
これは脳に直接メスを入れることにより精神疾患を治療しようという術です。

この形も良く解らない、自分でも良く説明できない「こころ」とか「感情」を脳という物質を対象に物理的に第三者が介入するという、ある意味偉業をなしえてしまいました。

医学の進歩もついに人の感情をコントロールしうる領域にまで達したわけです。


こころの病で「これは大変だ!手が付けられない!いや、早急に手を打ちましょう!」が医者の外科手術により可能になってしまった瞬間です。

ただしそう簡単ではなかったようですね。

その辺の下りはまた次の機会へ、、、








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Author:おしげ
東久留米の市場の中の小さな小さな休憩所、そこの管理人です。
とはいえ自己管理とかが大の苦手、適宜テキトー大雑把が信条の私!
大丈夫かー!

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