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「こいつフルーツだめなんです」・・・「え!」「えー!!!!」

「オムライス下さい」
初めて見る兄弟です。

「ひとつでいいの?」

「あ、はい。」

「じゃちょっと大きめに作ろうね」

「あ、お願いします。」

「出来上がるまでこれ飲んでな、サービスだから」
子供にはできるだけ食物酵素をとってもらいたくて、オムライスとかカレーの注文のときは100%のジュースを飲んでもらっています。今日はグレープフルーツジュースです。」

「あ、弟、ジュースだめなんです」

「え、そうなんだ!じゃ牛乳にいちごとか入れて上げようか?」

「あ、いちごも、フルーツだめなんです」

「えーっ!!!そーなの!・・・じゃとりあえずキャラメル味にしてあげるよ」

とりあえず2倍サイズのオムライスを作ってお出ししたのですが、「この子人参だめなんです」ぐらいののりで「フルーツだめなんです」の台詞に釈然としません。
お兄さんに聞きました。
「野菜は大丈夫なの?」

「えーっと、あんまり、とくにトマトとかは全然ですね」

「・・・」
「えーとボクさ、こっちのデミグラかかってない方ケチャップとかかけてみない?、、そうそう」
応急処置です。

飽食の時代と言われて久しいですが、10歳だというこの少年はいったい何を食べて命を維持しているのか不安になりました。

どんびきするかもしれませんが、食肉用の鶏は生後3ヶ月程度、豚は6ヶ月程度でその短い生涯を柵の中で終えさせられてしまいます。他の食肉用の家畜も皆、野生のものと比べると人間の為に大きくその生涯を歪められています。

乳牛はさらに悲惨です。乳を出す為に強制的に妊娠させられ、乳脂肪分を高める為に本来は食べるはずもない穀物を食べさせられます。角も飼育上やっかいだと言う理由で焼き切られてしまいます。偏食やストレスで大半が病気を発症しますが抗生物質を大量に投与され乳が出なくなるまで毎日機械につながれ搾り取られます。

人間の身体を構成する細胞は60兆個あると言われていますが、それを形作っているのはタンパク質アミノ酸です。
当然ながら外から取り入れなくてはならないものです。

さらにその60兆個の細胞のひとつひとつに3000個から8000個なる植物由来の生命体、ミトコンドリアが共生して、各細胞の性質を決定づけています。それらが日々生死を繰り返しながら私たちの命を紡いでいます。

よく広大さをあらわすのに「星の数ほど」などと言いますが、ミトコンドリアひとつとってみてもそれこそ人間の命を維持する為に星の数ほどの命が生死をくりかえしながら私たちそのものをまさに生かしてくれているのです。宇宙に匹敵するほどの広大な数ですね。

このミトコンドリアが植物由来の生命体だからこそ人は日の光が必要ですし、それを活性化するための酵素も必要なわけです。

家畜の例を引き合いに出さずとも、人ひとりの命を維持するのに多くの命がそそがれていることを常に頭の片隅においておきたいものです。
かつて日本人は貧しさ故にその尊さを実感していたはずです。「いただきます」と合掌して「ごちそうさま」と合掌でこの「ありがたさ」をしめくくりました。

「いただきます」は「いのちをつつしんで頂戴します」の意味だと思います。「おとうさんありがとう、おかあさんありがとう、給食のおばちゃんありがとう」のさらにその先に想いをはせてもらいたい。どこまでもどこまでもはてしなくです。

食材を捨てざるを得ない時に「ごめんね、ありがとう」ときにはそんなふうに思える様な下地作り。

飽食の時代が食そのものの尊厳を侵している様な気がしています。
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Author:おしげ
東久留米の市場の中の小さな小さな休憩所、そこの管理人です。
とはいえ自己管理とかが大の苦手、適宜テキトー大雑把が信条の私!
大丈夫かー!

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