潜在意識と顕在意識、まあとりあえずは客観視する忍耐力は必要じゃねー!

すぐめんどくさがって、ほったらかし。考えたら自分の欲望にすらも直ぐ「まあいーか、、、」とルーズモードの私、一応早起きはできたものの、気がつくと時間ギリギリまでほうけています。
いつもどおり遅刻ぎりにお店入り!

「なーんもやる気がしねー!」と言いつつ今日もオープンの準備です。

「おはよ!」
ここのとこ毎日私のハンドドリップをたのしみにしてくれるお客さんが待ち構えた様に入店です。

「昨日のモカがいまいちインパクトにかけたので今日はグアテマラね!、しばしお待ちを!」

「おはようございまーす」
これまた常連さん!なぜか私のコールスルーが大好物というご婦人!

「あ!ちょっと待っててね直ぐ用意するからね!」「ごめーん!シーザ切らしてた!バーニャカウダーで代用ね!ちょっとしょっぱいから厚焼きトーストじゃなくてマフィンにしようか!その方があうと思うよ!」


「いよ!珈琲屋!またくそまじめにやってっか!?」

げっ!師匠まで朝一か!師匠にはコロンビアかな?
(くそまじめなわけないですわ!隙さえ有ればすぐ油売りたいっす!・・・・)

しかしです!みな私のやる気の源の客人ばっかりです。話したい事てんこもりで3人と交互に、しかも要所要所で他の二人にも脈絡がわかるような解説付きでの会話!
フルスロットルで頭と身体と口を動かします。

『なーんもやる気がしねー』の自分がにやつきながら『ほれほれ、頑張れ!』と上からちゃかします。

・・・とりあえずお三方ともににこやかにお店を出て行かれてぐったりと洗い物に手をかけます。
(タバコ!たばこすいてー!!!)

「こんにちは!またトーストセット二つでお願いいたします。」
わあ!久しぶりの再会の客人!このご夫妻のご婦人の方、ちょっとデザートなぞサービスするとものすごく奇麗な笑顔を見せてくれます!

「いつもの、いける?じゃちょっとまた買い物してくるから」
オムライスとアイスティーの常連さん、参戦!

間髪入れずに先日お見えになってくれたばかりの気だてのいい男性二人組参戦!
「おう!またきてくれたん!、アイスコーヒー?」

「うん今日はもう一人あとからくるから三つね。それとカレーとオムライス!」

「え!朝からいきなり!?」

「マスターこんちは!」

「ありゃ!お早いおでまし!ちょっと待っててアイスティー二人分でしょ?新しいティーサーバー仕入れたからそれ試してみようよ!」

いつもアイスティーの注文を入れてくれるオペラ歌手の男性とその奥方!

三人目のお連れは女性の方でした。食事は注文なされなかったので、男性二人だけ女性の視線をあびながらの食事ではね、なんかてもちぶさかと思い三人にグレープフルーツのデザートをサービス!

トーストセットの客人には「別腹!黒蜜だんご!」

期待どうりのすごい奇麗な笑顔をみることができました!

「マスター!ティーサーバー!すごい!香りが全然ちがう!」
「でしょ!茶葉が踊る様にそれに熱湯で、つーのを前からやってみたかったんすよ!」

(たばこ・・・すいてー!!!!)

嵐のような瞬間が過ぎ去って気がつくと珈琲用のミルクが切れてます。
明日はカレーに使用している肉を調達しているお肉屋さんが休みです。

昼休みに「冷やし中華がたべたい!」とわがまま言うもう一件の肉屋の娘ふたりだけのためにその材料も調達しなきゃね!錦糸卵とロースハムか、トマトにキュウリ!肝心の中華麺!
お昼ご飯だから値段は、、、赤字!

めちゃくちゃさぼりたい自分が顕在意識か?潜在意識は客人にいい顔してもらうべくふるまう自分をあざ笑っているのか?

最近「ひきよせ」なるものに気をとらわれすぎてますね!どーでもいーか!!!!

「いらっしゃい!」
「マスターおまかせ3人分!」

いつもの兄弟と今日はそのお母さんも一緒です。

とりあえず野菜と、、、、そーだ!今日はいっつも頑張るお母さんにたんまり肉くわしてやっか!!!!

たばこすいてー!!!!!



みんな馬力余ってますね、、、

師匠が
「今の政治家にフロントマンが居ないんだよ!」
とまた意味の良く解らんことを言い出しました。

正直、政治に関しては全く興味が沸きません。何か有意義な事をなさってるのかどうかすら解らないでいます。

「重要法案の審議が目白押しなのに国会での審議が野党のボイコットでうんぬん、、、しかるに説明責任がうんぬんかんぬん、、、」とかワイドショーで言ってましたが、現状もどっちにころんでも「めんどくさい!」としか感じられなくなってしまいました。すべからく「あんた!これいったいどーすんのさ!」「いや、どーたらこーたら」「うーん、じゃこうするよ!これで文句ないっしょ!」みたいなつぎはぎだらけのイメージがぬぐえません。とくに法律に関してはことさらです。

当然我が身も、他人様あいてに食品を扱う身ですから法律の講義も受けなければ行けませんし、お客様の安全の確保という観点でも法律で細かく規定された上にのっとって営業しなければいけません。

ただ防災にしても食品衛生にしてもそれに関する規定を解する資料があまりにも膨大で多岐にわたることに唖然とします。何か大きな事件、事故を教訓にそういった事例を回避する為に規則/罰則が増えてきたのだそうですが、、、

そもそも人間とは「人の目を盗んではずるして、利己的な行為に走る」みたいなスタートかい!?とも感じてしまいます。

「その子はあんたにとって大事なお友達じゃないの!」とか「自分だけ良ければいーの!」とか保育園や幼稚園で自分以外の多くの人間の存在を認識せざるを得なくなった時点で、すでに身につけておかねばならぬことばかりがいまさらに語られているようにも感じます。この原点にたちかえって「ダンシャリ!」とはいかぬものでしょうか?

ともかく、日本人ってここまでいろいろ先回りして説明しなきゃいけないほど身勝手なの???いつからこんなんなっちゃたの。ですかね。

セクハラだ!、不倫だ!、っで国会の審議がストップされているようです。

なんかね、みんな仕事以外のプライベートなことで公務においてのことじゃないわけですよね、みな相当に優秀な人たちでしょうに、余裕有りすぎて変なところに馬力あまってますね。

当事者たちもそれを咎める周りの人たちにも
「肝心のあなたたちの公務は進んでんの?まあどーでもいーけど、、、」
と思ってしまいます。

そんなことより、「とりあえず誰か洗い物でもにこやかに手伝ってくれるひととか募集してー!!!」
こんなちいさな店舗でもぜーんぶ一人でやるのは心も身体もしんどいっす!

・・・またさぼって、珈琲売らずに油売ってます。



生き様というこだわり、自由とは?

ちょっと遅くなってしまいました。なんせ愚図ですからね。
師匠の店の扉を開けたのは9時半を回ってしまっていました。
中にいらした他の客人は「もう食えない!」「今回過去最高のボリュームじゃない?」
なんておなかをさすっていらっしゃいます。

「餃子!!!!のこってますー?!!!!」

「おうよ!ちょっと待っててな!」
せっかく皆に振る舞ってやっと一息つけるなってところへの参入です!ほんと申し訳ないけど、背に腹は代えられぬほど腹が減ってます。腹が減ると私、この歳にもかかわらず若干凶暴にもなります。

それを見透かしてか間髪入れずにモツ煮込みが飛び出してきました。
ショウガが他の肉よりもでかいというワイルドさ!だけど食べるとやさしい味です。
師匠のつくる料理は皆そんな感じです。
素材や下ごしらえにいっさい手抜き無しです。ひょうひょうと、背中をじゃっかん丸めてT
シャツのすそから手を入れてポリポリと腰の上当たりを掻きながら歩き回る姿からは到底想像できない料理がつぎつぎとくり出されます。

「餃子は音が大事だからな、火のそばから離れられないんだ」

「うん!乾いたパチパチって音が大事なタイミングですよね」
そう返すと嬉しそうに
「そう!そう!」
と微笑んでくれます。
「ほい!」
出てきました!みごとな焦げ目とまるまると太った普通の餃子のゆうに2倍ぐらいはある大きさの代物です。
直感的に大口開けて一口でまるごといただきます。
案の定、極上の小龍包のごとく肉汁があふれでました!
「うめー、、、、」おもわず顔がほころびます。
気がつくとその様を観て師匠がほくそえんでます。
「カレーも食うか?」
「もち!」
「冷たいのと温かいのとどっちがいい?」
「冷たいの!!!!」
「さーすがプロ!!!」
て、当然でしょ?冷たいカレーなぞ聞いた事がない!
師匠またなにか秘策を思いついた様です。
んで、出て来たのが牛筋カレーなのですが、大量の福神漬けがのっかってます。
さっそくご飯とルーと福神漬けをからめて口に運びます。

・・・納得です!

牛筋の脂身がよけいにルーに溶け込まぬようにして、それぞれの境界線を侵さぬ様、とくに極上の福神漬けのはざわりも同時に楽しめる様につーことですかね!こんなアイデアどうして生まれるのでしょう?

「俺にとっては当たり前のことなんだよね、常に自由な発想でいいんじゃないの?ちがう?」
「音楽にしたって、なんにしたって厳密に言うとだ、本当はオリジナルなんてないんだよ。でもそこに自由な受け止め方というか演じ方というか、それをいかにフロントマンが生き様としてひっぱれるかどうかだよね、世間がどうこうじゃないんだよ、人が歩いてるレールの脇を歩けよ!そもそも最近の一方を排除する様な風潮はどうかとおもうしな!」

まさに風貌もおっしゃることも仙人そのものなので理解不能!ただただあんぐりしてしまいます。

自由とはかくも過酷なほどの内面のこだわりを要するってことだけはなんとなく解ります。

まあ、なにひとつまねなど出来ませんが、とりあえずは自分のつくったもので人が喜ぶ様な、、、そのさまを観て、にやけている境地には至りたいものです。



バカは死んでも治らない(その3)

「ジョナサンとかだったら分かりますけど」

「了解です!じゃお嬢そこでケーキでも食べて待っててね。おいさん急いで取ってくるから!」

とは言ったもののこちとらちょーが付くぐらいのビンボー人なので、外食はもっぱらすき屋の牛丼オンリイ!待ち合わせをするとしても庶民の味方のサイゼリアぐらいですから、おっしゃったジョナサンがどこか分かってないといったちょー行き当たりバッタり!

それでもどこの馬の骨かわからんいきなり変なおじさんに「ギターあげる!」と言われた方の身を考えるとあんまり待たせるとそのジョナサンからも引き上げてしまうやと気ばっかり焦ります。

「うわ!ケースがないんだっけ!とりあえずこの袋で、、、げっ、はいらん!んじゃこのエレキのケースで、、、さらにはいらん!(当たり前か)あ、ここ手垢が!!」、、、GO!

 「ちょっと待ったー!!このギター!プリアンプの音がいいんだっけ!アンプ、アンプ、、、えーい一二日前に買ったこのアンプで、もーいーや今更リサイクルショップへ寄ってなんてしてられへん!」GO!
じゃなくてシールドも必要でしょ!あ!そーだ弦交換の時に必要なペグ回し確かあったはず!」
ドンガラガッシャーン!!!、、、「んーんそれは買ってもらうか」、、、、

ジョナサン、ジョナサン、、、ナビの周辺検索で最寄りのジョナサン、、、出ました!

急げや急げ!

駐車場に着くやいなや角が破れた袋に3分の1程度だけ覆われたギターのネックをつかんで飛び降ります。
入り口に向かう途中で後ろから声をかけられました。

「中には入らずにここで待ってました。違うジョナサンに向かわれたのかとも思いまして」

やはり不安に駆られて待っていらした感じです。

で、無事再会を果たせたのでジョナサンの駐車場でミニミニライブです。
ホテルカリフォルニアにはお父さんが、クラプトンのティアーズインヘブンにはお母さんが「この曲大好きです」と反応してくれました。

「きれいな音出ますね、おいくらで譲っていただけますか?」

「へ、?お金はいりませんよ!私、ちゃんと自分のギターは持ってます!(ちゃいなオベーション)それに子供にギターを譲るのはなんか宝くじを買うようなワクワクがあるじゃないですか、将来すげー音楽家になったりしてとかね。お金もらったらそんなことを夢見るごりやくがなくなっちゃいます。(と訳のわかんない持論でごり押しです)
これだったらお嬢にお似合いでしょ。それにお父さんがいーって言ってたやつの上位バージョンでほらサウンドホールの飾りがお店のやつはプリントだけどこっちはアバロンって貝が埋め込まれてるんだからね!」

早速お嬢に手渡すと、、、

華やかな笑顔を見せてくれました!

実は彼女にはお姉ちゃんがいて、軽音楽部に所属してらっしゃるそうです。

「さっきのおっさんくさいギターよかこっちの方がお似合いだね!お姉ちゃんに取られんなよ!」
にっこり微笑んでくれました。

「おっさんくさい」で当初の「師匠にギブソンを手放す代わりのギターを」の目論見を思い出しましたけど、
(ま、いーか、、それがなければこの親子に巡り会えなかったことだろうし、お嬢の笑顔に会えることもなかったわけだし、、、)

ひょとしたら、、、引き寄せなんて単純なことかもね、なんだかんだを思いに従って動くか、否かってことだけ?。

そんな中師匠からのメールの着信、

「明日餃子作るからおいで!」
ぎょぎょ!こっちのこと見てんのか!?


「アルプスの少女ハイジ」「火垂るの墓」「平成狸合戦ぽんぽこ」「かぐや姫の物語」巨匠の残した言葉、、、「自らの愚かしさに目を向けよ」

中学生になったかならないかの頃、夢中になってテレビにかじりついて見ていたのが「アルプスの少女ハイジ」でした。当時はその理由すら良くわからないでいたのですが、冒頭のハイジが「荷物になるから」とありったけの服を着こまされて、山の急傾斜を登っていく様、その服を途中でたまりかねて全て脱ぎ去り下着姿になってハツラツと駆け回る姿。この描写の表情、動きがあまりにも自然で、可愛らしく、ものすごく生命感を感じたことを覚えています。

テレビで漫画を見ることが娯楽であった私に「アニメ」という新しい概念を気づかせてくれた瞬間だったのかもしれません。

のちにこの「アニメ」とはラテン語で霊魂を意味するanima(アニマ)に由来しており、「生命のない動かないものに命を与えて動かすこと」ということを知り、「なるほど!命として魂に直接語りかけてくるんだ!」なんてかってに納得してました。


もちろんそれまで夢中になって読み漁っていた漫画雑誌の登場人物が織りなす世界にも、十分感情移入してきていましたけど。それはあくまでも別の次元の住人の繰り広げる世界観で、そこへ自身が訪ね入るといった感じでしょうか?


ただ高畑勲氏の作り出す世界はより自分の足元に近しいもので、どの作品のどの登場人物も写実的であろうがなかろうが確実に命あるものとして自分と同一線状に存在すると感じさせられます。


中でも遺作となってしまった「かぐや姫の物語」の「たけのこ」の赤ちゃん時の描画は圧巻で、鳥獣戯画のような輪郭線だけで質感を表現し、動きも本物よりもさらにリアルに自身の子供の赤ちゃん時の様を思い返すような出来栄えに「この先こんないたいけな表現のできる人は二度と現れないんだろうな」と思わざるを得なく、残念でしょうがありません。

そのいたいけで、愛おしい子達、「ハイジ」に「節子」に「たけのこ」が今でも自分の心の中にぐっさりと居座っています。

とりわけ「火垂るの墓」の清太と節子の兄妹においては自身も妹がいますので、見るたび、思い返すたび「俺も清太と同じ境遇にあったら、、、妹を結局、、、死なせてしまうんだろうなと、、、」そんなリアルを感じてしまいます。

人はその都度その度、感情に支配されて生きています。その先に何が起こるかなど予測ばかりして行動するわけではありません。

逆に言うと、感情を激しく揺さぶる行為そのものが生きることの実感を生み出しているのかもしれません。

高畑勲氏が魂を与えた者たちは皆、感受性豊かに、一所懸命にその生命に向き合い、燃やそうとあらがいます。
そこに必然的にうねりが生じます。

このうねりが他をも巻き込むのだとしたら「たけのこ」の罪と罰はこの生きるということそのものだったのかもしれません。

「生きるということ自体が罪を重ねること」といえば言い過ぎかもしれませんが、巨匠が残した言葉『自らの愚かしさに目を向けよ』には「生命のない動かないものに命を与えて動かすこと」に生涯を捧げた天才だからこそ言える、「いろんなものを代償として存在する、自らに与えられた命を軽んずるな」との思いが詰まっているように響きます。

プロフィール

おしげ

Author:おしげ
東久留米の市場の中の小さな小さな休憩所、そこの管理人です。
とはいえ自己管理とかが大の苦手、適宜テキトー大雑把が信条の私!
大丈夫かー!

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